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zoom RSS 国立科学博物館と千葉県立中央博物館を見学して

<<   作成日時 : 2011/08/29 07:00   >>

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画像東京・上野公園にある国立科学博物館で7月2日〜10月2日まで開催中の特別展 「恐竜博 2011」 を見たいと出掛けたが、入場待ちの長蛇の列なので 常設展の地球館と日本館 を見学することにした。 また、千葉市・青葉の森公園内にある千葉県立中央博物館では、7月9日〜9月4日まで開催中の 企画展 「出羽三山と山伏」 を見学した。 (8/16、21)


 国立科学博物館 (8/16)

7月2日〜10月2日まで開催中の特別展 「恐竜博 2011」、夏休中ということもあって大勢の家族連れで長蛇の列、これでは暑い太陽のもと待っていたのでは熱中症になるのではと常設展に入館した。

最初は、「地球館」の 1F から見学した。
[地球の多様な生き物たち] −みんな、かかわりあって生きている− 国立科学博物館 館内ガイド によると、「多くの種に分かれて進化してきた生物たちが、さまざまな環境に適応し、独自の形態や生活様式を持ちながらお互いに深くかかわりあって生きている姿を紹介します。」 とのこと。

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ここでは 1) 海洋生物の多様性、2) 陸上生物の多様性、3) 多様性の由来、4) 系統広場、5) 自然を生き抜く工夫、の 5つに分けて展示されていた。

さらに 「1) 海洋生物の多様性」 は 7項目に細分して展示されており、その中から 「深海」について紹介しよう。 世界最高峰のエベレストを逆さにして、もっと深い底の深海。 水深 200mまで潜ると真っ暗とのこと。 海底から熱水やメタン、硫化物などが地球内部から噴出する噴出孔の近くで、それを栄養源としている特殊な動物たちもいるという。 東太平洋の水深 2600mほどの熱水噴出域に棲んでいた シンカイコシオリエビ、ユノハナガニ、ハオリムシのなかま、シロウリガイのなかま (写真 A、B) などが展示されていた。

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続いて、「地球館」の 2Fの [科学と技術の歩み] −私たちは考え、手を使い、創ってきた− を見学した。
ここでは 「江戸時代以降の科学技術が、日本固有の文化に根ざしつつ、外国の文化を受けいれながら発展してきた歩みを紹介 」 されており、1) 科学・技術への誘い、2) 江戸時代の科学技術、3) 近代化の始まり、4) 近代化の成果、5) 新たな日本の科学技術の発展、6) 科学技術の過去・現在・未来、の 6つに分けて展示されていた。

さらに 「4) 近代化の成果」 は 4項目に細分して展示されており、その中の 「自動車産業のあけぼの」 と 「航空技術の発展」 の展示では、オートモ号 (写真 C) ( 白楊社を興した豊川順彌は、1921(大正10)年 小型乗用車 水冷1610cc と 空冷780cc の試作車 アレス号を完成。 1924(大正13)年8月、改良した車で東京〜大阪間を 40時間無停止走行に成功、11月車名をオートモ号と改め販売を開始したとのこと。)、零式艦上戦闘機二一型改造複座機 (写真 D) などがあり、写真を貼付した。 なお、他の項目も興味深いものばかりでした。

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2Fには、他に [たんけん広場-身近な科学] −身近な科学− として、「音、光、力、運動、電気、磁気など私たちの身の回りで起こっている物理現象を体感し、実験することができます。身近な科学の謎に挑戦してみましょう。」 とのことで、実際に手で触れることができる展示でした。

他の展示 (写真 @) も大いに楽しむことができたが一日ではとても廻りきれないので、また来よう。

なお、科博NEWS として 「東日本大震災被災標本のレスキュー活動」 が紹介され 「岩手・陸前高田市立博物館の標本レスキュー」 (写真 E) で、津波を受けた約 15000点の植物標本の被害はかなり深刻で、岩手県立博物館が中心になり全国 29機関に修復作業を分担し、約 7000点が修復されたとのこと。 国立科学博物館でも、貴重な海藻標本の約 180点を分担して修復されたとのこと。


 千葉県立中央博物館 (8/21)

画像千葉県立中央博物館で 7月9日〜9月4日まで開催中の 企画展 「出羽三山と山伏」 (写真 F) を見学したいと出掛けた。

千葉県立中央博物館 発行の 「平成23年度企画展 出羽三山と山伏 解説シート」 によると、
「 出羽の国、現在の山形県の中央に位置する出羽三山は、古代から修験道の山として人々の信仰を集めてきました。 房総は出羽三山から遠く離れた地であるにもかかわらず、とりわけ出羽三山信仰が盛んです。 この企画展は、房総に出羽三山信仰を伝え広めた山伏の活動を中心に出羽三山の魅力について紹介します。」 とのこと。
また、山伏については 「 山伏とは、修験道の修行者です。 修験道とは、平安時代中頃に日本古来の山岳信仰と大陸伝来の仏教や道教などが融合してできた日本独自の宗教で、身体的な修行を重視します。 山伏たちは大きな力を持つ山に籠もり、煩悩や穢れを振り払い、山の力を得て超自然的な力を身につけます。 常に山中にあった彼らは、自然について豊富な知識を持つ博物学者でもありました。」 との解説がなされている。

出羽三山とは 山形県にある 月山、羽黒山、湯殿山 の3つの山をいうのは分かっていたが、如何して房総に出羽三山信仰が盛んになったのだろうか。? 江戸時代には 里に定住した山伏もいて「里山伏」と呼び、羽黒派の里山伏は病気治しや、失せ物探しなどの祈祷をしたり、三山参詣の際には同行したり、行人と呼ばれる三山の信者に祈祷方を指導するなど、出羽三山の出張所的な役割をはたしていたとのこと。

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探鳥で房総の各地を歩いていると、水田や川辺などで梵天が立っているのを見ることがある。 企画展 出羽三山と山伏 解説リーフレット 「房総の梵天 大集合!!」 によると、梵天 (写真 G) とは 「大型の御幣の一種で、祭りなどで神様が舞い降りる際の目印」 とのことで、「村のくらしと梵天」、出羽三山の登拝と梵天」 など、詳しく解説されている。

出羽三山参詣の旅は、「行人にとって一生に一度は行かなくてはらないもので、江戸時代は途中の神社仏閣や観光地をまわり 40日を超す長旅で、出羽三山での滞在はわずか3日。 農作業の忙しい時期に多額の費用をかけてまで参詣した出羽三山は、房総の人々にとって特別な場所だったのでしょう。」 とのこと。 私の住んでいる近くにも出羽三山への登拝を記念して建立したのか? 湯殿山 ・月山 ・羽黒山 と刻まれた石碑 (写真 H) が見られる。


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