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zoom RSS 国立歴史民俗博物館、佐倉城址公園を巡って

<<   作成日時 : 2014/09/13 07:00   >>

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画像千葉 ・佐倉市城内町にある 国立歴史民俗博物館 で開催中の 企画展示 「弥生ってなに?!」 と 常設展示の 「第 1 〜 6展示室」 (原始 ・古代 〜 現代) を見学した。
さらに、隣接する 「佐倉城址公園」 を廻ってこの時季に桜の木につく オビカレハ の幼虫をよく採食するという ツツドリ を探した。 (9/07)



今日は生憎の空模様だが、佐倉市にある国立歴史民俗博物館に出掛けることにした。
京成千葉線に乗車して京成津田沼で成田空港方面行に乗換え、京成佐倉駅に向かった。

10時ごろ、京成佐倉駅に到着。 橋上駅舎である京成佐倉駅の改札口を出て、南口駅前広場に下りると小雨が降っていた。 当初は博物館まで歩く予定にしていたが、生憎の雨のため バスに乗ることにした。
南口駅前広場から 京成臼井駅 ・四街道駅 ・志津駅方面行の 「ちばグリーンバス」 に乗車、「国立博物館入口」バス停で下車した。 ( なお、直通バスもあるようだが、バスの本数が少ないようだ。)

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バス停から緩い坂道を上って行くと、左側に 「国立歴史民俗博物館、城址公園 案内図」 と、明治 7年 日本最初の軍隊歩兵第二連隊があったという 「佐倉連隊跡案内図」 があった。 さらに少し上った右側には、雑木林の中に大きな 磨崖仏 (写真 A) があった。 これは、大分県臼杵市にある 「古園石仏 大日如来像」 を実物大に再現されたものとのこと。

磨崖仏の 案内板 には、「日本を代表する 臼杵磨崖仏 のなかで、最も有名な古園石仏 (大日如来及び諸尊仏13体) の中心をなす 大日如来像 である。 凝灰岩の岩壁から掘り出したもので、平安時代の後期の木彫像に通ずる本格的な作風を示す 丈六仏 (約 2.8m) である。 鑑賞のポイントは、両頬が丸く張り、両眉は美しい半円弧を描き、両眼のまなじりがわずかに切れ上がり、豊かな抑揚を見せる大きな眼を刻んでいます。 お顔の形を引き締める様な小さな唇と締まった顎の表現によって、典雅で力強い像形がうかがえます。」 とある。


 国立歴史民俗博物館へ
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10時30分ごろ、国立歴史民俗博物館 (写真 B) に到着、早速に受付で入館手続き <入館料 一般(企画展示) 830円 (ただし、総合展示のみ 420円)> を済ませ、先ずは 企画展示 「弥生 ってなに?!」 (写真 C、D) を見学した。

展示は、第T部 弥生のDNA、第U部 弥生をながめる、第V部 弥生の時間、第W部 弥生のひろがり、弥生ってなに ?!、縄文の美 ・弥生の美 とあり、順次に廻った。

画像会場には、「弥生ってなに ?! Q & A」 質問 bP〜8 が用意されていた。

その中から 数件紹介すると、
bP 弥生時代には青銅器の祭りと土偶の祭りがある A. YES B. NO (答えは A : 青銅器の祭りは紀元前 4〜紀元後 2世紀の東海以西、土偶の祭りは紀元前 8〜紀元前 4世紀の中部 ・関東と、紀元前 4〜紀元前 1世紀の青森で行われていました。)
bS 弥生時代に、縄文文化はある A. YES B. NO (答えは A : 紀元前 10世紀に九州北部で水田稲作が始まってから、各地で水田稲作が始まるまでの間、各地に広がっていたのが縄文文化です。)
bT 弥生時代のはじまりは何で決める? A. 本格的な水田稲作が始まってからです。 B. 基本的に畑作が始まってから。 アワ・キビの栽培でもOK (答え A、B : 論争中なので両方とも正解とします。 本格的な米作りのはじまりで決める考えと、アワ・キビなども含めた畑作の始まりで決める二つの説があります。)
bW 結局、弥生ってなにさ?! A. 利根川より南西のコメ作りの文化です。 B. 本州・四国・九州のコメ作りの文化です。 (答えは 論争中なので両方とも正解とします。)

注 : 企画展示会場での配布資料を参照しました。)

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次いで、常設展示室へ。 第 1展示室(原始 ・古代)、第 2展示室(中世)、第 3展示室(近世)、第 4展示室(民俗)、第 5展示室(近代)、第 6展示室(現代) と見学した。

それぞれの展示は、何回見ても興味深く見学することができた。 この中から数件紹介します。
第 4展示室(民俗)は 1985年にオープン、その後の社会情勢の変化や研究分野の進捗を踏まえて 2013年に リニューアルしたとのこと。 ここでは、海から船に乗って ミリク という神様 (写真 E) がやってきて、新しい年の稲の実りを祈るという沖縄の八重山地方の祭り。 キリコが乱舞し、神輿を海や川、松明のなかに投げこむ、祭神に荒々しく働きかける祭りの石川県能登町の宇出津(うしつ) ・ 八坂神社で行なわれる 宇出津あばれ祭り (写真 F)
悪疫が流行ったときに厄病神を追い払うために祀ったのが始まりだという 福島県田村市朴橋にある ( 高台から いわき街道 を見下ろすように立っている ) 高さ約 3.5m、薙刀をもち両手を広げた姿の 朴橋のお人形様 (写真 @)

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次は、1931(昭和 6)年の満州事変から敗戦までの 「戦争の時代」 、1945(昭和 20)年から 7年間にわたる 「占領の時代」 、1955(昭和 30)年前後を起点とする 「高度経済成長の時代」 という 3つの異なった時代を含んだ 「現代」 を対象とする 第 6展示室(現代) へ。

ここでは、兵士の誕生 (写真 G) と 親類 ・知人が送った 入営祝いの幟 (写真 H) ( 見送りの際に各家庭の前や駅などに立てられたという )、何とも哀しい戦争の時代のもの。

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こちらは、戦後日本の大衆文化からみたイメージという 1960 〜 1970年代の おもちゃ (写真 I)「ゴジラ」立像 (写真 J)。 歴博のHPによると 「 ゴジラは、水爆実験にヒントを得つつ、空襲や原水爆への恐怖を呼び起こす形で、銀幕に登場した怪獣。 水爆実験によって目を覚ました ゴジラ が、放射能をはき出すというもので、人間が自ら生み出した 核の恐怖を象徴した存在。 歴博では、ビキニ環礁の水爆実験の展示の傍らに、ゴジラが時折おたけびをあげながら立っている。 展示のゴジラは、東宝映像美術で ゴジラ の造形を手がけてきた 故 小林知己氏の遺作。」 との記述があった。

備考 : 「 国立歴史民俗博物館 は、原始 ・古代から現在に至るまでの日本の歴史と民俗について、実物資料や精密な複製品、復元模型などをもちいて解説する 日本で唯一また最大の歴史民族博物館、大学共同利用機関法人 人間文化研究機構が運営する博物館で、通称 「歴博」 と呼ばれている。」 とのこと。


 佐倉城址公園へ
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歴博 では 約 2時間ほど見学、12時30分 佐倉城址公園 (写真 K) へ移動した。 園内は、春には「桜」 ・秋には「紅葉」と、四季それぞれに楽しめるが、この時季は桜の木につく オビカレハ の幼虫をよく採食するという ツツドリ を探して園内の桜の木のある場所を重点に散策、残念ながら ツツドリ は見られなかった。 13時に公園を後にして、歴博前から JR佐倉駅行のバスに乗って帰路についた。
参考まで、2013.05.07 〜10 に 山形県飛島を旅行した時に撮影した ツツドリ (写真 L) を貼付しました。

( 追記 : ツツドリ は 9/07 に見られなかったので是非に見たいと 、9/09、10 と 桜の木のある公園広場や桜並木などのある場所を廻ったが、残念ながら ツツドリ は見ることができなかった。 ツツドリ は 夏鳥 なので、もう既に南の地域へ渡ってしまったのかな? )


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