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zoom RSS 初詣は検見川神社と湯島天満宮へ

<<   作成日時 : 2017/01/06 07:00   >>

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画像新年あけましておめでとうございます。
千葉市の 「初日の出」 は 6時49分 、お天気に恵まれて自宅ベランダから 「初日の出」 を拝んだあと、地元の検見川神社へ初詣に出掛けた。
翌 2日は、湯島天満宮 へ出掛けた。 (1/01、02)



千葉県での 「初日の出」 のポイントとしては、千葉・千葉ポートタワー、銚子・銚子ポートタワー、銚子・地球の丸く見える丘展望館、九十九里・片貝中央海岸、大網白里・白里海岸、横芝光・屋形海岸&木戸浜海岸、富津、鋸南・鋸山ロープウェー などがよく知られている。
また 初詣では、千葉 ・千葉神社、松戸 ・東漸寺、柏 ・布施弁天、市川 ・中山法華経寺、銚子 ・満願寺、成田 ・成田山新勝寺、佐倉 ・麻賀多神社、香取 ・香取神宮、木更津 ・八劔八幡神社、長南 ・笠森寺 などが多くの初詣客を集めているとのこと。

 検見川神社 (千葉市花見川区) へ
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地元には、検見川神社 (千葉市花見川区)、稲毛浅間神社 (千葉市稲毛区) などがあるが、例年通り 検見川神社 (写真 @、A、B) に出掛けた。

検見川神社のHPなどによれば :
「検見川神社は、古来より八方除 ・鬼門除 ・方位除 ・厄除の守護神を祀る古社として知られ、現在は 『八方除総鎮護』 の広大無辺な御神徳をいただく多くの崇敬者が参拝する尊い神社として、房総を始め広く全国の人々から信仰されている。」 とのこと。 また、「検見川神社の創祀は、 およそ 1200年前 平安時代の第 56代清和天皇の代にまで遡る。 全国でも大変珍しいといわれる本殿が三殿 ( 東神殿、中神殿、西神殿 ) あり、御祭神は宇迦之御魂神 (うかのみたまのかみ) 、素盞嗚尊 (すさのおのみこと)、伊弉冉尊 (いざなみのみこと) の三柱の神 ( 総称して検見川大明神 ) が祀られている。」 とのこと。

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境内には多くの初詣客で賑わっていたが、それほど待たずに初詣を行うことができた。
境内を出ると、近くの道路沿いには 露店 (写真 C) が数店並んでいた。


 湯島天満宮 (東京都文京区) へ

画像正月2日は、湯島天満宮 へ出掛けた。

蔵前橋通り近くの駐車場から歩いて 三組坂下 (文京区三組町 = 現 湯島三丁目) に出ると、湯島天満宮への初詣客の行列が東京メトロ千代田線湯島駅出口の先まで長々と続いており、多くの警官や警備員が出て整理に当っていた。
東京メトロ湯島駅出口前近くの行列最後尾に並び、三組坂下、三組坂上、湯島中坂上、天満宮へと向かった。
途中、湯島中坂上の付近で、旧家の邸宅? の庭にある 柿の実に ムクドリ が群がっているのが見られた。

東京メトロ湯島駅出口近くで 行列に並んでから、約 800メートルほど ゆっくり歩き続け、約 1時間30分後 湯島天満宮 (写真 D、E) に参拝することができた。

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湯島天神(天満宮)の公式サイトなどによれば :
「雄略天皇 2 ( 458 )年 1月 勅命により創建されたと伝えられる。 正平 10 (1355) 年 2月 郷民が菅原道真公の御偉徳を慕い、文道の大祖と崇め 本社に勧請し、あわせて奉祀した。
文明 10 (1478) 年10月に 太田道灌が再興、天正 18 (1590) 年 徳川家康公が江戸城に入るに際し、特に湯島天神を篤く崇敬して、豊島郡湯島郷に朱印地を寄進した。 将軍 徳川綱吉公が湯島聖堂を 昌平坂に移すにおよび、この地を文教の中心として 湯島天満宮 を崇敬した。 元禄時代に火災で全焼するも、徳川綱吉公より 金 500両が寄進さ れ、再建された。 現在の本殿は、平成 7 (1995)年12月 後世に残る総檜造りで造営された。 湯島天満宮の御祭神は、天之手力雄命 (あめのたぢからをのみこと)、菅原道真公 で、学業成就や家内安全などの祈願がなされます。」 とのこと。

東京都文京区のHPによると :
「江戸時代には、谷中感王寺(天王寺)、目黒不動 と並び 三富 と呼ばれ、幕府公認の富くじ (富突き) を発行した。 泉鏡花作の新派の名作 『婦系図』 の舞台としても有名で、新派の記念碑や鏡花の筆塚もある。」 とのこと。

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境内の 絵馬 (写真 F) を奉納する処にも多くの初詣客で賑わっており、また境内には 「撫で牛」 (写真 G) もあった。

湯島天神(天満宮)の公式サイトなどによれば :
「天神さまと牛とは切っても切れないものがあり、古くより様々な縁起 ・伝承を見ることができる。
菅原道真公は、承和12年6月25日乙丑の年に ご生誕、延喜3年2月25日の丑の日に薨ぜられた。 また、菅家聖廟略伝 には、『自分の遺骸を牛にのせて人にひかせずに、その牛の行くところにとどめよ』 との自らの遺言により、その牛が黙々と東に歩いて安楽寺四堂のほとりで動かなくなり、そこを御墓所と定めたと書かれている。
菅原道真公を祭神とする天満宮では牛が聖獣とされ、境内に臥した牛の像が安置されていることが多い。 「撫で牛」 には、天神の神紋である梅花紋が刻される像も少なくないとのこと。 このようなことから湯島神社の境内にも石造りの臥牛があり、牛の角をなでていく方、手を合わせていく方、鼻が悪いといって鼻をなで、足が悪いのでと足をなでていく方、・・・・・と多くの方々から 『撫で牛』 として信仰されている。」 とのこと。

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参拝をすませて唐門から境内を出ると、道路沿いには 露店 (写真 H) も多く並んでいた。
湯島天満宮の近くで昼食と思ったが、あれ程多くの初詣客では食事処はどこも満員なのは当然か。 上野広小路の方面へ食事処を探して歩き、やっと松坂屋上野店近くで昼食することができた。 AI さんとは此処で別れて京成上野駅へ。 途中、上野公園入口近くには パンダのオブジェ (写真 I) があった。

追記 : 2017年の正月三が日の初詣客は、第1位 明治神宮、第2位 成田山新勝寺 ( 311万人)、第3位 川崎大師 平間寺、第4位 浅草寺、第5位 鶴岡八幡宮 とのこと。

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