鎌ヶ谷大仏駅と船橋法典駅の近辺を散策して

画像「蕎麦を食べに行きませんか?」 との友人からの誘いに、二つ返事で喜んで出掛けることにした。 新京成線鎌ヶ谷大仏駅近くと、これまたJR武蔵野線船橋法典駅の近くのお蕎麦屋さんで、どちらの駅にも少し早めに出掛けて駅近辺を散策してから、蕎麦を楽しむことにした。 (10/01、10/04)


 新京成線鎌ヶ谷大仏駅(10/01)

京成千葉線から 新京成線に相互乗り入れしている電車に乗車して、京成津田沼駅で乗り換えなく直通で鎌ヶ谷大仏駅まで行くことができた。 今日は楽しみにしていた 「新蕎麦を食べる会」、友人との待ち合わせ時間には まだ 30分ほどあるので駅近辺を散策した。

初めての新京成鎌ヶ谷大仏駅、駅ビル2階の改札口を出て右側の階段を下りて行くと 1階にはバスの発着所とその前には広い車庫がある。 東西に走る新京成線と交差して南北に59号道市川印西線があり、北に進むと間もなく右側に鬱蒼と茂った樹林のなかに 鎌ヶ谷八幡神社 があった。

「御祭神は八幡大神、誉田別尊を奉祀する。 古来兵馬守護の武神として信仰されたが、地元の人々の生活と結びついて 勝運繁栄、子育て、安産の神 として、現在でも多くの崇敬を受けている。 」 とのこと。 大祭は10月15日、もうすぐだ。
鳥居をくぐって参道を進むと、鎌ヶ谷市指定文化財の 「百庚申」、天保12(1841) ~ 13年にかけて建てられた青面金剛像が 10基、その間に文字塔が 9基ずつ計 90基 (合計 100基)あるもので、多くの功徳を得るため 百庚申 が建てられたとのこと、初めて見た。 (写真②)

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また境内には、鎌ヶ谷市指定文化財の 「庚申道標」 もある。 これは寛政7(1795)年に造立されたもので、 「さくら道」 「こがね道」と刻まれており道標を兼ねて大仏十字路付近の庚申塚上にあったもので、これを移したとのこと。

神社から 59号道市川印西線に出ると、向い側のお墓のなかに 大仏 、これが鎌ヶ谷大仏?。 そばに行くと鎌ヶ谷市指定文化財の銘板があり、正にこれが 鎌ケ谷大仏 。 安永5(1776)年、鎌ケ谷宿の大国屋(福田)文右衛門が、祖先の供養のために江戸神田の鋳物師に鋳造させた 高さ 1.8mの露坐の大仏で、開眼供養が豪勢に行われたと伝えられ 当時の鎌ケ谷宿の賑わいが窺える。 (写真①)

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もう~待ち合わせの時間、鎌ヶ谷大仏駅の改札口へ急いだ。 時間通り?に皆さんが集合して、目的の蕎麦屋さんへ。 新京成線沿いの初富駅寄りに どの位歩いただろうか、住宅地の中に目当ての 蕎麦屋 さんがあった。 どう見ても ここが蕎麦屋とは誰も思えないような、ひとりでは? 案内してもらったから来られたようなもの。 (写真③)

店内はゆったりと10人程の椅子席、美味しい新蕎麦を十分に楽しむことができ、加えてお酒とお話で 大いに盛り上がり 「新蕎麦を食べる会」を散会した。 皆さん、お世話様になりました。


 JR武蔵野線船橋法典駅(10/04)

画像JR総武線西船橋駅でJR武蔵野線府中本町行に乗り換えて、一つ目の船橋法典駅で下車、楽しみにしていた 「駅近辺の散策」 と 「蕎麦を食べる会」 に出掛けた。

先ずは 「駅近辺の散策」?、船橋法典駅の近くと言えば中山競馬場、駅から馬場内地下道臨時口を通って入場した。 大分混雑していると思ったが以前はこんなものではないとのこと。 場内では物珍しいものばかり、先ずは正門近くにある ハイセイコー号馬像(写真⑤)

馬場内には 「緑の広場」、「こどもの広場」 などがあり、ファーストフード店も多く、またスタンド内には様々なレストラン、ドリンク店 などが多数あり、 のんびりと一日遊ぶことができるようだ。 スタンド内の3階指定席で 優美に疾走するサラブレット をゆっくりと楽しむことができた。 これも案内して頂いた友人のお陰、本当に有難うございました。 (写真⑥)

(追記) NHK BS 10/07 (火) 19:00~ 「アインシュタインの眼」 競走馬 ~速く 長く 美しく走るために~ と題して、競走馬の走りを徹底解剖するという内容の番組。 ハイスピードカメラなどで映した疾走する馬の姿、競走馬の驚異的心肺機能の秘密など、科学的に解説する内容で興味深く見ることができた。 10/04 の実際のレースとあわせて楽しむことができた。

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ところで、中山競馬場の起源は?と調べてみると、明治40(1907)年に千葉県東葛飾郡明村岩瀬(現在の松戸市岩瀬)につくられた松戸競馬倶楽部が前身で、大正8(1919)年に陸軍省により敷地の接収を受け、東葛飾郡中山村若宮(現在の市川市若宮)へ移転したとのこと。

大正9(1920)年には、中山競馬倶楽部と名称が改められ、昭和 2(1927)年に東葛飾郡葛飾村古作(現在の船橋市古作)に馬場が移された。 その後、昭和12(1937)年に日本競馬会 (現在の日本中央競馬会)へ統合、中山競馬場として発足し現在に至るとのこと。

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中山競馬場では、東京競馬場の東京優駿 (日本ダービー) に対抗する競走を設けることが長い間の念願だったとのこと。 周辺の起伏に富んだ地形を生かして障害コースが設けられ、それを舞台に中山大障害が開催され、また第 2代 理事長 有馬頼寧によって中山グランプリ(現在の有馬記念)を創設して、現在では年末の風物詩となっているとのこと。 日本中央競馬会 JRA のホームページを見ると、中山競馬場の紹介として 「売上高世界一を誇る年末の GⅠビックレース・有馬記念が開催される競馬場。 またJRA でもっとも長い距離を競うステイヤーズステークスなど個性的なレースも開催される」 とあった。

そろそろ 「蕎麦を食べる会」の時間、中山競馬場を後にして蕎麦屋さんに向かった。 予約していたこともあって、いい席で 美味しい蕎麦 とお酒とお喋りとを楽しむことができた。 (写真④)
 皆さん お陰で楽しい一日を有難うございました。

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