浅草寺界隈の散策と浅草演芸ホールで落語を

画像毎年恒例にしている 「浅草界隈の散策と浅草演芸ホールで落語、漫才など楽しむ会」、今年も 10名が参加して大いに楽しむことができた。 (2/20)


集合場所である東京浅草 ・雷門に出掛けた。
京成千葉線で京成津田沼駅へ、ここで 8時55分発の快速 羽田空港行 に乗換えて浅草駅 9時27分に着いた。 集合時間は雷門前 10時、まだ少し時間があるので雷門から仲見世通りを進み本堂に参拝。
 
雷門周辺や仲見世通りは、外国人の観光客や修学旅行の学生などで大分混雑していた。
ご存知のように浅草寺の表参道入口にある雷門は、切妻造りの八脚門で 向かって右の間に風神像、左の間に雷神像を安置することから 正式には 風雷神門 とのこと。 浅草寺の総門として威容を誇っており、通称 「雷門」 といわれ親しまれている。 (写真 ①)

現在の雷門は、慶応 元(1865)年12月12日の田原町大火で焼失した後 昭和 35(1960)年、95年ぶりに再建された鉄筋コンクリート造り、松下幸之助 が浅草観音に祈願して病気平癒した報恩のために寄進したもの。 また門内には、例の 松下電器産業 (現在のパナソニック ) が寄贈した 「雷門」 と描かれた大提灯があり、三社祭と台風の時だけ提灯が畳まれるとのこと。

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( 備考 : 天慶 5(942)年、平公雅によって創建された。 その初めは駒形付近にあり、鎌倉時代以降 現在地に移築された際、風神 ・雷神が初めて奉安された。 なお、3回もの焼失 ( [1] 寛永19(1642)年2月19日焼失、慶安 2(1649)年12月落慶、[2] 明和 4(1767)年4月9日焼失、寛政 7(1795)年3月落慶、[3] 慶応 元(1865)年12月12日、田原町大火により焼失 ) に見舞われている。 )

風雷神門 (雷門) には風や雷をつかさどる風神、雷神さま(浅草寺の護法善神)の雷神像と風神像が奉安されていることは前記したが、その背面 (本堂側) には水をつかさどる龍神さま(浅草寺の護法善神)の金龍像(女性の姿)、天龍像(男性の姿)が奉安されている。 (写真 ②、③)

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仲見世通りから本堂に進むと、本堂は現在 「平成本堂大営繕」 (平成 21年2月 から 平成 22年11月末日予定) の最中。 本堂正面には営繕用に 浅草寺の山号である 「金龍山」 にちなんで金龍が描かれた幕が掛けられていたが、これは本堂天井の川端龍子画伯の 「龍之図」 のイメージに合わせたものとのこと。 (写真 ④)

参拝を済ませて雷門前に戻ると皆さん全員集まっていたので、浅草演芸ホールへ。 開場時間の 11時には、まだ時間があるので演芸ホール内で食べる弁当を [浅草 松屋」 の地下食品売り場で調達するため皆で向った。

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地下食品売り場(デパ地下)は様々な弁当がいっぱい、何にしようかと迷うほどだが私は前以って決めていたのですぐ買い込み、皆さんも好みの弁当を買い込み演芸ホールへ。 途中には、昭和 52(1977)年から大衆演劇の芝居小屋として開館した「木馬館」や、昭和 26(1951)年に開業した浅草フランス座が前身の いろもの専門劇場の「浅草東洋館」 (平成 12(2000)年オープン) などがある。 (写真 ⑤、⑥)

なお、「浅草フランス座」 と言えば、永井荷風がご熱心に通ったところ。 その後生まれた「東洋劇場」 (昭和 39(1964)年)には、渥美清、長門勇、由利徹、東八郎 などが人気者になったことや、後にエレベーターボーイとして雇われた ビートたけし など、様々な歴史があるようだ。

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こちらは、落語協会と落語芸術協会が十日替り交互に公演を行っている 「浅草演芸ホール」 で落語、漫才などを楽しむことにした。 (写真 ⑦)

二月中席 (2月11日から20日まで)は、落語協会の公演で 昼の部 (11:40 ~ 16:30) の出演者は次の方々。
前座に続いて、落語の桂 文ぶん から始り 落語の三遊亭 金時、アコーディオン漫談の近藤 志げる、落語の柳家 さん生、春風亭 栄枝、漫才の大瀬 ゆめじ ・うたじ、落語の春風亭 一朝、川柳 川柳、曲芸の鏡味 仙三郎社中、落語の橘家 圓太郎、柳家 さん八、マジックのアサダ 二世、落語の鈴々舎 馬桜、金原亭 伯楽、桂 扇生、漫才のホームラン、落語の柳家 小さん、三遊亭 圓丈、津軽三味線の太田家 元九郎、本日 昼の部の取り(真打)は 落語の桂 文生、以上 20名。 大いに楽しむことができた。 (写真 ⑧)

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真打 桂 文生は、宮城県出身。 二ツ目時代に毛筆のアルバイトを頑張ったとのことで、筆を持たせたらプロ級の腕前とか。 今日も入場者に自筆の 都々逸 が配られた、その中から 「熱の逃げない 都会の道で 忘れかけてた 土踏まず」、「鼻の円遊 知らない俺が たまに野ざらし 口ならし」 。

浅草演芸ホールで楽しんだ後は、もう一つの楽しみである会食、会場である 「浅草 どぜう 飯田屋」へ向った。
玄関を入ると、今時にしては珍しい下足番、老舗だから?。 それもその筈、明治の創業以来 言い継がれてきた家訓 が 「親父の仕事はタレをとること と 下足番」 とのこと。 お客様への心遣いは足元までという この訓えを今後も肝に命じてゆく (飯田屋 四代目主人) とのこと。 *どぜう唐揚げ、*本まぐろぬた、*うざく、*どぜう鍋(まる)、*茶碗蒸し、*のり茶漬け、*ビール・日本酒 を心行くまで楽しませていただいた。 ( 「どぜう鍋」を撮って載せる予定が、食べるのに夢中になって気の付いたときには~空~でした。 ・笑 ・ )

皆さん、どうも有難うございました。 来年も楽しみにしていますので、よろしくお願いします。


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