浪花橋から亥鼻橋まで散策して
JR総武線新検見川駅を出て西側に行くと、花見川に架かる浪花橋 そこから花見川沿いを遡って 諏訪神社、水天宮 などを巡りながら 亥鼻橋 まで散策した。(5/14)JR総武線新検見川駅北口から桜並木のある道まで出て、西側に 1㎞程行くと花見川に架かる浪花橋がある。
そこから花見川を 600mほど遡って行くと瑞穂橋、花見川区役所と幕張方面とを結ぶ橋で歩道だけは通れるが、まだ接続道路の工事中で全面開通にはなっていない。その瑞穂橋を渡り花見川の西側を遡って行くと、田植えの済んだ水田でピッピピピ・・と鳴き合いながら飛んでいるタカブシギ 6羽に出会った。
さらに水田風景を眺めながら京葉道路の橋脚を潜り汐留橋まで行くと、小高い丘の上に諏訪神社の鳥居が見えた。この丘の上に長作見晴台があり、そこから見る景色は素晴らしい。南の方向に幕張新都心の高層ビル街、その手前を東から西に奔る京葉道路、花見川が北から南(写真では左側)に流れているのが分かる。 (写真①)
諏訪神社は、征夷大将軍坂上田村麻呂が東北地方征討の時、信濃国の諏訪大社に蝦夷鎮定を祈願、延暦21(802)年に平定が叶い都への帰路この長作の地に立寄り田村麻呂がそのお礼に諏訪大社より分社して祀られたのが始まりと伝えられている。( * 千葉市教育委員会作成の立札から )
なお諏訪神社の拝殿には見事な彫刻が見られ、境内には長作見晴台とトチノキ、スダジイなどの巨樹が多くあった。 (写真②)
ここから西の方向に、大きな甍が見えたので行って見ると長胤寺だ。千葉常胤の三男 胤盛の曾孫の武石長胤の館跡だったが1262年に寺院に、長胤寺としたとのことだ。 (写真③)
境内には、夫婦梅 と句碑 「 朝からぬ 夫婦ぶりなり 月と梅 」 があった。
長胤寺から、また諏訪神社の前を通り さらに東に少し行くと道路の傍に急な石段を登った所に水天宮があった。まもなく坊辺田バス停、亥鼻橋も近くにあった。 (写真④)
昨日(5/13)は、この上流の花島橋、花島公園、柏井橋などを巡って 「日本野鳥の会千葉県支部 ・花見川探鳥会」が実施されたが、ゴイサギ、チュウサギ(上空を数羽飛んでいた)、カルガモ、カワセミ、オオヨシキリ、センダイムシクイ、ヤマガラ、シメ など 24種が見られた。
亥鼻橋から上流は写真の様に工事中なので、ここまでとして穴川天戸線(主要地方道72号)を南に下り近くの水田の中の小道を行くとチュウシャクシギだろうか2羽が見られ、また畦道の向こうには細い花柄の先に白い花を下向きに咲かせているエゴノキがあり、とても美しかった。 (写真⑤)
4/29付け「幕張駅から子守神社、子安神社を巡って」で公開した中に記載している 三代王神社、真蔵院 などは千葉氏に関係深いものであったが、真蔵院から直線で約1.2㎞離れている今回の長胤寺もまた千葉氏に関係深いものでした。




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