浅草 吾妻橋から向島百花園まで

画像浅草寺界隈を楽しみ吾妻橋際で昼食後、隅田公園から 牛嶋神社、三囲神社、向島百花園 まで散策した。(10/06)


前回公開した「 隅田川の船旅と浅草を散策して 」で記載したように、日の出桟橋を出航した船は吾妻橋際の浅草発着所に11時10分ごろ着いた。 (写真①)
昼食までに時間があるので浅草寺界隈を一巡り後、昼食は吾妻橋際にあるスーパードライホール1階の「フラムドール」 (旧吾妻橋アサヒビヤホール)で工場直送の新鮮な生ビールとおしゃれなランチを楽しむことができた。これも TA先生に感謝。

ビルの屋上にニッカウヰスキーの広告、どうして此処にと思ったら 2001年 筆頭株主のアサヒビール(株)がニッカウヰスキーの全株式を取得して完全子会社化し、 ニッカウヰスキーが製造・輸入する商品をアサヒビールが販売しているから。

腹拵えを済ませて隅田川(墨田区側)に沿って上流部に向かった。 最初に墨田区役所広場に区内本所亀沢町生まれの 勝海舟銅像 が出迎えてくれた。

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北十間川を渡ると巨樹に覆われた隅田公園(旧水戸藩邸)、近くの墨堤の桜は徳川吉宗により植樹されたもので江戸時代から桜の名所として親しまれているが、老木となったため昨年から募金を始めるなどして手入れや植樹をしているとのこと。

園内には、慈覚大師によって創建されたといわれる牛嶋神社がある。境内の撫牛は自分の悪い部分を撫でて、牛の同じ部分を撫でると病が治ると信仰されている。 (写真②)

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また、江戸落語の中興の祖と称される烏亭焉馬(通称 和泉屋和助)の
「いそかすは 濡れまし物と 夕立の あとよりはるゝ 堪忍の虹」 の狂歌碑もある。

何処からともなく現れた白狐が神像の回りを三度回って消えたという故事に由来して付けられた三囲神社へ。ここには 珍しい三角石鳥居、宝井其角の句碑、宗因白露の句碑、朱楽管江の辞世碑など、様々な石碑などが見られる。また 目尻のさがった温和な表情の「三囲のコンコンさん」は享和2(1802)年に奉納されたもの。 (写真③)

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見番通り を進むと 山門や本堂の屋根の形が唐風な 弘福寺には、池田冠山の墓碑がある。当初は常泉寺と称していたが、徳川家光が鷹狩のとき腹痛になりこの寺で飲んだ井戸水で痛みが治まったことから 長命水 の名を与え寺の名前も 長命寺 と号した寺には、芭蕉 雪見の句碑 「いざさらば 雪見にころぶ 所まで」 と 成島柳北の碑 などがある。

それと忘れてならないのが 「長命寺 桜もち」、「言問団子」と、少し行ったところにある「志”満ん 草餅」で、今回は塩漬の桜の葉が香ばしい 桜もち を賞味した。
次は 国指定名勝・史跡の向島百花園に向かった。 (写真④)

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向島百花園は、文化2(1805)年 仙台出身の骨董商 佐原鞠塢(きくう)によって造園され当初は梅 360本が主体で後に 中国や日本の古典に詠まれた植物を集め 四季を通じて花が咲くようにして、「四季百花の乱れ咲く園」という意味で 百花園 と名付けられたという。
園内には フジバカマ、ホトトギス、ナンバンキセルなどの花が咲き、萩のトンネル、芭蕉句碑・山上憶良歌碑など29もの碑があり、楽しむことができる。 (写真⑤)

ここ墨田区に また新しい名所が生まれる。それは 2011年に営業を開始する「新タワー」、東武線業平橋駅と京成(東京メトロ)線押上駅の間に建設予定の高さ600m以上の新電波塔である。葛飾北斎の美術館も建設予定されているとかで 浅草・吾妻橋・向島界隈は ますます賑わうことでしょう。
今日はここまでとして、帰りは真直ぐに・・いや寄り道もまた楽し・・では失礼。

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この記事へのコメント

2007年10月13日 12:20
浅草散策シリーズ詳しく記されておられるので楽しく拝読しました。各々訪れてみたいのですが方向音痴なので・・
でも向島百花薗には行きたいと思っています。薗には鳥さんはどうでしたでしょうか。
2007年10月14日 17:17
浅草界隈は、史跡巡りや食べ歩きなど様々な楽しみ方ができると思います。
向島百花園には、池にカルガモ、梅にウグイス、メジロ、シジュウカラが見られるぐらいでしょう。でも四季折々の花々が見られると思いますので、食べ歩きの序でにでもどうぞ。有難うございます。